日々を綴る。

HSPの自分が思ったことや感じたことを誰の目も気にせず自由に綴っていきます

2月も後半だー!

またも更新に間が開いてしまった。

昨年末に日本へ帰国予定だったのが諸事情により遅れていて、いまだアメリカに留まっている。

当初は想定外の事態にイライラしたりもしていたけど、既にホテル住まいも2ヶ月を過ぎ、最近はアメリカでのコロナのケース数も低下してきている事からレストランや公共施設が少しずつ開き始めて行動範囲が広げられるようになってきた事もあり、徐々に慣れ始めてもいる。とは言え、旦那さんがリモートで仕事中は手狭なホテルの部屋内で息子にずっと付き合うことが多く、私自身はそれ以外に特段やる事もないのでなんだか虚しさみたいなものもある…。

とは言え、家族全員健康でいられるだけでまずはありがたい事だなぁ。

で、少し空いた時間にKindle unlimitedで読書に耽るようになったが、喜多川泰さんの本にとても癒されている。恥ずかしながら最近になって知った作家さんだったが、作品から伝わるあたたかい雰囲気、読んだ後に心から静かに湧き上がる清涼感がとても好きだ。

その影響か、どう生きるか…どんな人間になりたいのか…というようなテーマをよく考えるようになった。

全く予想していなかったいわばエアポケットのようなこの状況は、今まで考えていたようで考えていなかった、または考えたくても日常の雑事に阻まれて深くは考えられなかった「自分自身」のことについて考えを深められる絶好の機会でもあるな…と感じている。そう思うと、なんだか、大きな力が私にプレゼントしてくれた貴重なチャンスに思えてきて、不思議と感謝の念が湧いてくる。

いつ帰れるのか目処が立たないのは歯痒さもあるし、息子とほぼ一日中べったりなのはやっぱり疲れるし、言葉の壁や外気温の低さもあるので自分一人(と息子)で気軽に気分転換がてら出掛ける…とかがしづらいのは不便ではあるが、それでも、通うところも無くしっかりした料理も掃除もしなくて済み(笑)、ひたすら精神世界の追求が出来る今は、ありがたいなぁと思う。

やっと見つけた!興味の持てる英文記事

語学習得にはその言語のインプット(とアウトプット)をたくさん行う必要がある…のは周知の事実。インプットと聞いて私が思い浮かぶのが「多聴多読」。私の習得したい言語は英語なので、多くの自然な(ネイティブ向けに書かれた)英文に触れ、多くの自然な(ネイティブ向けに作成された)英語音源に触れるのは必須だと思っている。
…が、興味の持てない記事や物語、音源を読んだり聴き続けるのは辛い…。

だいぶ昔派遣で働いていた職場で、他部署で翻訳通訳業務に従事していた先輩とお話しする機会があった。その際「どうやったら楽しんで英語学習が継続できるんですかねぇ?」と聞いたら、「自分の興味のある分野の英語雑誌とか読んでみたら良いんじゃない?」とアドバイスをいただいた。
なるほどー!と思って早速洋書や洋雑誌も扱う本屋で女性向けの雑誌…いわゆるファッション誌にゴシップ誌、インテリアやクッキング雑誌を一通り立ち読みしてみたが、どれもしっくりこない上に興味が持てず、しかも洋雑誌は日本で買うと結構高いので、躊躇して結局何も買わずに帰宅した事がある。

一度「物は試し」と思って、自分が最大限興味の持てそうな雑誌を一冊買って読んでみたが、単語が難しいとか文章がわからないとかでなく、読んでるうちに興味が失せて読めなくなり、結局本棚の肥やしになってしまった。考えたら、私は日本の雑誌でも女性誌にはあんまり興味が持てず読まないな…と気づいたのはだいぶ後だった。日本語でも読まないものを他言語で読むわけないわな。

そんなこんなで、私が英語学習に使うのは英語学習者向けに書かれた書籍やTOEICの問題集など、いわゆる「教材」と言われる物ばかりだったのだが、最近やっと自分が興味を持って楽しんで読める英文記事を見つけた〜!

それは、この人生相談!!

www.uexpress.com

日本語でも興味を持って読んでるものってなんだろう…
と思った時、私は精神世界や心理学、自己啓発系の本が好きでよく読むけど、それを英語で読むのはちょっとハードルが高いかなと思った(実際、アメリカで立ち読みしてみても専門的な単語や言い回しがたくさんあって圧倒されてしまった)。
次に思いついたのが人生相談だった。少し前にこの本を読んだのも影響している。 

人生相談は生活に根付いたもので、「他の人はどのような事で悩んでいるのだろう?そして回答者はそれにどう答えるんだろう?」という事にすごく興味があるし、一般の人が投稿しているので表現がナチュラル。もう私にうってつけの教材だったのだ!

この「Dear Abby」は人生相談としてはとても有名らしく、「アメリカ 人生相談」でGoogleしたらすぐ出てきた。2004年にはこの人生相談を元にした英語学習者用の書籍も日本で発売されていたみたい。

この本に対するレビューの中に「悩みは万国共通」というものがあったが、本当にその通りだな〜と思う。アメリカ人って元気でパワフルであんまり思い悩まない(そんな訳ないんだけど)ような先入観がいまだにあるけど、各お悩みを読んでいると、「どこも一緒だなぁ」とちょっとホッとしたりもする。

人生相談は毎日更新され、1日当たり3つの相談に対して回答されている。
文章は長すぎる事なく適度で、わからない単語や言い回しも出てくるけど前後の文章で推測できるし、生活上のお悩みなので想像もしやすい。
楽しんで(興味を持って)読める英文にやっと出会えて、嬉しい!!
聴く事に関しても、興味を持って楽しく聴き続けられるものが見つけられるまで探していこうと思う。

ブチ切れてその後

子供ができてから、明らかに喧嘩(というか私が一方的にキレてるだけとも言えるが)の回数が増えた。理由は大体いつも「私の時間がない!!もっと私を労われ!!」というもの。きっかけが何であれ、最終的にこの理由に帰着する。
そしてお互いの言い合いの後、旦那が「そうだよね、自分時間は大切だ。お互いにちゃんと自分時間作ろう…」などど理解を示してくれて荒波を超える。

それなのに何度も同じことを繰り返してしまっているのは、多分私が「でも旦那は仕事があるからあまり負担をかけてはいけない」などと先回りして考えてしまい、せっかく確保されつつあった自分時間を「今はいいや」「今日は大丈夫」などと言って自ら返上してしまっていたからだろう。最近まで無自覚だったけど、やっとこのアホループに気付けてきた。

こういう「相手に遠慮して自分の希望を引っ込める、自分を犠牲にする行動」って、必ずその後自分の心にしこりが残る。なぜなら自分を軽んじているから。
そして表面上は「仕事で疲れている旦那に申し訳ないから」などと「相手への思いやり」から発生した思考のように見えるけど、その実、「嫌われるかもしれない」「自分ばかり得してるって思われるかも」などの「恐怖感」「不安感」から出ている。ネガティブな想念から出てきた行動って基本的に良い結果を生まないのだ。

夜、息子が寝た後家事をしている私を尻目に旦那が一人優雅にワインを飲みつつ映画なんか見てると心の底から腹が立って仕方がなかった。でも、その時は無自覚だったけど、旦那は旦那で「私の時間を確保する為」に予め声かけをしてくれていたり、もしそれが無くても私から「今日何時から何時まで私の時間が欲しい」と伝えてみてももちろん良かったのだ。むかつくけど、旦那は自分の人生を謳歌しているだけなのだ。

究極の理想を言えば、家事育児をフル稼働で行う私の背中を見て私の疲労具合を察し、旦那自ら「最近疲れてるんじゃない?頑張りすぎじゃない?自分時間取れてる?今週末は俺がずっと息子見るからゆっくりしてよ」とか言ってほしい。たまにそういう旦那さんいるよね。WEB漫画とかTwitterとか各種SNSでそういう旦那さん(を持つ奥様の投稿)を見ると、「そんな男性この世にいるんだ?!」と真剣に驚く。20代とかの若い男性は割とそんな感じなのかな?うらやまーーー!!!

私も旦那もお互い昭和生まれ(旦那は年号関係ないけど)のアラフォー世代、背中で察してくれるような男性を育成する時代に生まれてない(笑)。
察せない男性に「察せるようになってよ!」と言うのも的外れ、というか人を変える事は何歳にしろ出来ないので、私が対応の仕方を変えるしかないよね。
いつもいつもブチ切れるまで我慢するのも、実際にブチ切れるのも多大な労力を使うので、もう少しスマートに平和的に解決できるようになりたい。

ブチ切れる事自体にも意味はあって、ブチ切れた事で状況が改善してもいた(また元に戻ったけど)から決して無駄だったとは思わないけど、とりあえずそのエネルギーをもっと建設的な前向きな事に使いたいものだ。

何にせよ、自分を軽んじてはいけない。自分の扱い方はそのまま跳ね返ってくるから。

悔しい気持ち

私は20代前半〜30歳になるまで、客室乗務員になるべく奮闘していた。
厳密に言えば、”全日空の”客室乗務員(CA)になりたかった。
全日空の企業イメージから連想される、明るさや前向きさ、元気のある感じに惹かれていたのかなと思う。(一方日本航空には対してはコンサバで窮屈なイメージが先行し、あまり惹かれなかった)
最初の頃こそ、最終試験まで進めたりもしたので希望を持って熱く取り組んでいたが、専門学校を卒業し周りに夢を追いかける仲間がいなくなるにつれ、また年齢があがるにつれて、三次試験で落ち、二次試験で落ち、ついぞ書類も通らなくなって、燃える気持ちもだんだんと薄れてしまって最終的に諦めた。

それから長い月日が経ち、”全日空”とか”客室乗務員”という言葉に対してもあまり心が動かなくなっていたのだが、このアメリカ滞在のうち、2人の「全日空の客室乗務員」に出会った…出会ってしまった(苦笑)。

お二人はそれぞれご主人のお仕事で渡米してきており、いわゆる駐在妻。
ご本人のお仕事は休職中。年齢はそれぞれ異なっていたが、お一人は私と同い年だった。

この出会いが、私の心をザワザワさせた(特に私と同い年の方!)。
端的に言うと、過去の苦い思い出が蘇り、悔しい気持ちが湧き出してきてしまったのだ。醜い感情だけど、「この人達は私が叶えられなかった夢を叶えて、他にも色々恵まれている…!私だってあんなに努力したのに、なんで私はダメでこの人たちは良いの!?悔しい!むかつく!」というような感情が、自分でもびっくりする位湧き出した。

理性では「もう過去のことだし、私の努力が足りなかったか運が足りなかったのかもしれないし、よしんばCAになれてたとしても体を壊したり職場が合わなかった可能性もあるし…これで良かったのだ」などと自分をなぐさめてきていたのが、実際に身近に「全日空の現役客室乗務員さん」が現れたことで抑えていた感情が噴火、はからずも、自分は本当に全日空の客室乗務員になりたかったんだな…と再認識する事になった。

新年セールでKindle unlimitedを申し込んだ関係で、元々好きなスピリチュアル関連本を読んで字の如く読み漁っているのだが、「自分の周りに起こる事は必要だから起こっている」とか、「自分と同じ(波動の)ものが引き寄せられている」とか、「現実は自分の状態の鏡だ」「起こる出来事には必ず意味がある」という考え方がとても好きだ。なぜなら、自分が変われば現実もより良くなる!悪く見える出来事も、結果的には自分のプラスに働くはず!という希望が持てるからだ。
そう思えば、この出会いも、自分の「蓋をしていた感情」に気づき、それを昇華し、また新たな一歩を踏み出すためのものなのかな…?と思ったりもする。
自分が過去に全日空にとても惹かれていた事、その後目の前に現れた方が「全日空客室乗務員」ってのは、なかなかおもしろい偶然じゃないか。いやもう心の底からムカつくけども。

間違っても、「改めて今からまたCAを目指せってことね★」じゃないのは分かる(笑)。

2021年は、こういった悔しかったりムカついたり…いわゆるネガティブな感情にも蓋をせず否定せず、自分をトコトンまでいたわって生活していきたい。自分に批判的になると自然と他人にも厳しい目しか向けられなくなる。それはとても苦しい生き方だ。

いやーそれにしても、自分の事って意識しないと本当に気付かないものですね。

わぁ、年が明けてる。

あけましておめでとうございます。
とはいえもう1月も14日!早い…昨年12月はついぞ更新出来なかった(涙)。

本帰国を間近に控え、断捨離を兼ねた引越しのための荷造りや手続きで精一杯でした。

と言いながら…まだアメリカにいます(笑)。
理由は、外国籍を持つ主人の再入国手続きに手間取っているから。

主人が日本を出国する際に簡易手続きしかしておらず、日本に入れない事が発覚。
再入国のため新たな査証が必要になったのです…ちーん。
申請から発給には1〜2週間を要する上、クリスマス期間のフライトを組んでいたため年末年始に引っかかり主要機関はどこもおやすみ。動くに動けないまま時間が過ぎ、年が明けて早14日が経ってしまいましたとさ。

まぁ自分たちで出来る事は全てやっているので、あとは発給を待つのみ。
コロナ禍で日本も世界もてんやわんや、どこもかしこもニュールールに追いつくのに忙しく、私たちも事前の調査、準備を怠ったためのこの状況なので、文句は言えないわなぁ。

2020年は本当にコロナに全世界が振り回されてしまったし、2021年はもっと大変になるよ!と言う人もいますが、私は今年は去年よりはもっと明るく、人それぞれが「自分らしく」「自分の望んだ道を」生きられる世の中、世界になって欲しいなぁと思っています。

今年も、マイペースで更新できるようがんばろう!

利用して良かったorこれからしてみたい英語学習

アメリカ生活も残りわずか(2020年の年末に日本へ帰国予定)、英語学習は帰国後も続けるつもりとはいえ、身の回りに英語が溢れる環境ともあと少しでお別れだと思うと知らず知らずのうちに焦ってしまう〜。

アメリカに来て、最初は週に数回のESLにだけ通っていたけど、そのうち「これは家でも何かしら学習しないと私の求めるレベルには到底たどり着けないな」と気づき、YouTubeや地元のラジオ(コレは主に運転中)、Podcast、日本人が運営する英語学習方法について書かれたブログの閲覧、洋書、日本語の英語の参考書を電子書籍で読み込むなどなど…いろいろ物色してはトライ&エラーを繰り返してきた。

「外国に住めばその国の言葉を自然に話せるようになる」というのは本当に神話で、やはり新しい言葉を学ぶには能動的に学習する必要があるし、可能であれば一日8時間くらい費やせるキチンとした語学学校に半年とか一年とかのまとまった期間、毎日通えたらとても良いと思う。

私の場合子供も小さいし、予算的にも現地のキチンとした語学学校に通うことは出来ず、そのうちコロナパンデミックも始まってしまったので子供の有無に関わらず結局通えなかったな〜と残念には思うけど、それだけに在宅で効果的な学習方法についてはものすごく色々考えた。

効果的な学習の方法については十人十色、好みや性格もあるので、私に合うものが他の人にも合うかはなんとも言えないが、とりあえず私がやってみて良かったと思っているもの、これからも継続してこの方法をやり続けたいと思う英語学習方法を書いてみようと思う。

ディクテーション

聞こえてきた英文を書きとる事。

リスニング力が上がっているのを実感でき、自分がどういう単語を聞き取れないのかがわかるのがメリット。聞き取れない箇所を意識して聞き、耳を慣らしていくのは実際の英会話でも役立つ。いろいろなサイトがディクテーションの効果を謳っているので詳細を知りたい方は「ディクテーション」でググってみると良いと思う。
ちなみに私は下記のサイトを利用してディクテーションに取り組んでいる。

www.listening-plaza.com

モゴモゴバスター

ディクテーションをしていて、スクリプトを見ても「絶対この単語言ってない‼︎」と驚く事が多く、これは何かしら発音にトリックがあるな…?と思って色々調べてたどり着いたオンライン教材。ネイティブスピーカーの省エネ発音を学べる。
私は発音を学ぶのが好きなので楽しいが、別に英語学習上必須ではないと思う。
ただこの省エネ発音に耳が慣れてくるとナチュラルなネイティブ同士の会話が格段に聞きやすくなるし、聞き取れなくても推測しやすくなる。
お値段が良心的なのも非常に魅力。

英語の省エネ発音(音声変化)攻略教材

シャドーイング

英語音声を聞きながらほぼ同時に追いかけ再生する事。
英語のリズム感、強弱を身に付けるのに有効。正しく発音すれば口の筋肉も鍛えられ、英会話の時に舌がもつれることも次第に少なくなってきた(笑)。日本人にありがちな「平坦英語」の脱却にも有効だと思う。

mmmEnglish(Youtube)


Tell me about yourself! Introduce yourself in English with EASE!

旦那が「これ良いんじゃない?」とおすすめしてきたYoutube動画。
Emma先生の英語はクリアで聞き取りやすく、一本当たりの動画が長すぎず短すぎずちょうど良い。文法から発音、イディオムなどなど幅広いカテゴリについての動画がアップされていて、内容もしっかりしているので好きでよく見ている。
Emma先生が可愛いのもテンション上がる。

溝江達英先生のオンラインセミナー受講(超越文法

英語学習ブログを放浪していてたどり着いた言語学者溝江達英先生のオンラインセミナー。15か国語以上を操る先生のセミナーは、(めっちゃ)高いけど面白い。英語だけでなく語学に関する幅広い知識を学ぶ事ができ、単純に「英語の知識を入れる」に止まらないでその言語が生まれた歴史的背景や、なぜ英語ではそういう言い回しをするのか…など細かいところも学べるのが私にとっては興味深い。英語を喋れるようになるとか、試験対策には正直向かないと思う。でも語学の学習意欲は上がる。
値段が高いのがデメリット…。

超越文法

頭に浮かぶ日本語の語順を変える

これは今後トライしたい学習方法の一つ。
英語を話す時、「This is a pen」レベルならおそらく多くの日本人は日本語を介さず英語で理解できるし発話もできると思う。でも、ちょっと込み入った話や複雑な事を言いたい時、日本語で頭に浮かんだが最後、英語になかなか変換できなくて会話の流れを止めてしまう…ということが私にはよくある。で、「頭に浮かぶ日本語をシンプルにして、かつ語順を英語の語順で浮かぶようにしたらさっと英訳出来るんじゃないの?」と思ったのがきっかけで、そういうアプローチの仕方を説いた本はなかろーか…と探して見つけたのが下記。まだ読んでないけど、もしかしたらブレイクスルーになるかもしれない。
 慣れれば長文も「This is a pen」同様英語で考えて英語でアウトプットできるようになると思うけど、そこへいくまでの橋渡しになる…かもしれない。

 

引き続き英語学習を継続し、またお勧めできるような学習方法や参考書があったら、備忘録も兼ねて記事にしていきたいなと思う。

この記事が一ミリでも英語学習者の方のお役に立てれば嬉しいなぁ。

比較癖からちょっと卒業しかけている…かも!

人と自分を比較して落ち込む…って割とよく聞く事だけど、これは本当に厄介で、下手すると何日も何週間も落ち込んでネガティブループにハマって抜け出せず、辛い思いをする…という経験をしてきた私。元々自己肯定感が高い方ではない為、もしかすると普通よりも多く、強く比較癖がついてしまっているのかもしれない(平均がどのくらいか測れないものだから分からないけど)。

そんな私も、ずっとこの比較癖を減らし、ゆくゆくは無くしていきたいなと思っていた。生まれも育ちも性格も体質も違う他人と自分を比べても何の意味も無いと思うからだ。一卵性双生児だってパーソナリティや好みに違いがあるのなら、赤の他人と比べて落ち込むって一体なんなの?って感じだ。ただ、頭で理解していても心は簡単に「はい!じゃあ比較やめます!」とはならないからもどかしい。

私にとって卑近な例で言うと、例えば自分より英語が出来る人に会った時。
以前なら、たとえその人が帰国子女であったり留学経験があり、過去に英語を学ぶ環境が整っていたから英語が上手いのだとしても、「あの人と比べて私はこれだけしか出来ない…」と(今思えば無駄に)落ち込んでいた。もしくは嫉妬したり。

料理好きな人、もしくは料理が上手い人に会った時。
私は料理が嫌いで、出来る事ならやりたくないと思っているのだが、母親として家族の健康を守り維持する意味でも料理は出来なくちゃな…とは思っている。でもあまり上手く出来ないのでコンプレックスを持っていて、そんな時に料理好きor料理のうまい女性に会うと、途端に「私ってなんてダメダメなんだ…」と思ってしまう。

他には、仕事やお金や容姿のこと。
自分と同年代の人が何か大きなことを成し遂げて有名になったり、仕事でたくさんお金を稼いでいたり、同年代の女性がモデルや俳優として輝かしい活躍をしていたり…といった事を目にすると、特に若い頃は、そういう人と自分を比べて「私は何も成し遂げてない、借金(ローン)はあるしモデルさんみたいにキラキラもしてない。あの人達にあるものを私は全部持ってない…なんで同じ人間なのにこんなに差があるんだろう」みたいな事を思っていた。それで、ファッション雑誌を見るのがすごく苦痛になったり…そんな人って他にいるんだろうか(笑)。

そんな風にことあるごとに人と自分を比べていた訳だけど、なんとなく、最近、
「あれ?自分いま他人のことをすごくフラットに見れるようになってきてるかも?」と気付いた。

「この人は英語がうまいな」
「この人は料理が好きなのか、そうか」
「この人は仕事で成功しているんだ、なるほど」

 みたいな感じで、感情の振れ幅がかなり小さくなっているように感じる。
例えて言うなら、お菓子にはいろんな種類があって、見た目や味は人の好みで好き嫌いが分かれるけど、そのお菓子自体には優劣は無い…みたいな。
そんな事を、人間同士に置き換えて肚に落として考えられるようになってきた。

「なにをそんな当たり前のことを?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、私にとってはこれは大きな変化で、もしかすると長年の比較癖からの脱却なのかな…!?と希望を抱いている。

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そして、なぜ比較癖から脱却出来かかっているのかを考えてみた時、
「ひたすら自分と対話する」のを続けてきたからかな?と思った。

長年の癖は一朝一夕では抜けない。私は、自己肯定感を上げて自分の人生をもっと明るく楽しめるようにしたかったので、色々本を読んだり各種ブログやサイトなどにお邪魔して、何か良い方法はないか〜他の人はどうしているのか〜をず〜っと探ってきたのだが、最終的に、「自分の感情が動いた事について”なぜそう思ったのか?”を紙とペンを使って自問自答する」という方法が一番合っているように思った。

鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋 シリーズをKindleで読んでいたのだが、その中にもこんな記述があった。

ものすごく悲しい時は、「なぜ自分は悲しいんだろう」と考えることで、悲しみと距離が生まれて、感情から少し自由になれます。

感情、特にネガティブな感情についてこれをやると、なぜ自分がその感情になっているのか、根本的なところが見え隠れしてきて何かしら発見がある。私に関しては、こうあるべき〜みたいな理想像にしばられすぎていたり、その理想像と現実の自分が遠すぎてガッカリ→なんてダメなの自分→落ち込み→イライラor悲しみ…というサイクルが見えてきた。

で、自分の内面と向き合ったあとはしっかり自分を褒めること(笑)。
「いやいや、確かに理想からは遠いけど、でもコレとかアレとか頑張ってるし!自分も捨てたもんじゃないよ!」みたいな、労いの言葉をかける(書く)!!
これを継続する事で、少しずつ負のループから脱却出来つつある気がしている。

アメリカにいて仕事をしておらず、職場等の人間関係に煩わされることもなく責任のある事も特にない、のほほんとした気楽な生活をさせてもらっているから、ここまで自分と向き合う事が出来たのだと思う。そう考えると、この稀有なチャンスを与えてもらえて本当にありがたいなぁ〜と感謝の念が湧いてくる。

もちろん一度比較癖から卒業できたとしても、帰国して仕事などし始めてまた忙しくなればこの癖も復活する可能性はある。でも一度ニュートラルな物の見方を身に付ける事が出来れば、再度の脱却は早いんじゃないかな。
それを祈る!

 

おっと、熱が入りすぎて今回は長い記事になってしまった。