日々を綴る。

HSPの自分が思ったことや感じたことを誰の目も気にせず自由に綴っていきます

利用して良かったorこれからしてみたい英語学習

アメリカ生活も残りわずか(2020年の年末に日本へ帰国予定)、英語学習は帰国後も続けるつもりとはいえ、身の回りに英語が溢れる環境ともあと少しでお別れだと思うと知らず知らずのうちに焦ってしまう〜。

アメリカに来て、最初は週に数回のESLにだけ通っていたけど、そのうち「これは家でも何かしら学習しないと私の求めるレベルには到底たどり着けないな」と気づき、YouTubeや地元のラジオ(コレは主に運転中)、Podcast、日本人が運営する英語学習方法について書かれたブログの閲覧、洋書、日本語の英語の参考書を電子書籍で読み込むなどなど…いろいろ物色してはトライ&エラーを繰り返してきた。

「外国に住めばその国の言葉を自然に話せるようになる」というのは本当に神話で、やはり新しい言葉を学ぶには能動的に学習する必要があるし、可能であれば一日8時間くらい費やせるキチンとした語学学校に半年とか一年とかのまとまった期間、毎日通えたらとても良いと思う。

私の場合子供も小さいし、予算的にも現地のキチンとした語学学校に通うことは出来ず、そのうちコロナパンデミックも始まってしまったので子供の有無に関わらず結局通えなかったな〜と残念には思うけど、それだけに在宅で効果的な学習方法についてはものすごく色々考えた。

効果的な学習の方法については十人十色、好みや性格もあるので、私に合うものが他の人にも合うかはなんとも言えないが、とりあえず私がやってみて良かったと思っているもの、これからも継続してこの方法をやり続けたいと思う英語学習方法を書いてみようと思う。

ディクテーション

聞こえてきた英文を書きとる事。

リスニング力が上がっているのを実感でき、自分がどういう単語を聞き取れないのかがわかるのがメリット。聞き取れない箇所を意識して聞き、耳を慣らしていくのは実際の英会話でも役立つ。いろいろなサイトがディクテーションの効果を謳っているので詳細を知りたい方は「ディクテーション」でググってみると良いと思う。
ちなみに私は下記のサイトを利用してディクテーションに取り組んでいる。

www.listening-plaza.com

モゴモゴバスター

ディクテーションをしていて、スクリプトを見ても「絶対この単語言ってない‼︎」と驚く事が多く、これは何かしら発音にトリックがあるな…?と思って色々調べてたどり着いたオンライン教材。ネイティブスピーカーの省エネ発音を学べる。
私は発音を学ぶのが好きなので楽しいが、別に英語学習上必須ではないと思う。
ただこの省エネ発音に耳が慣れてくるとナチュラルなネイティブ同士の会話が格段に聞きやすくなるし、聞き取れなくても推測しやすくなる。
お値段が良心的なのも非常に魅力。

英語の省エネ発音(音声変化)攻略教材

シャドーイング

英語音声を聞きながらほぼ同時に追いかけ再生する事。
英語のリズム感、強弱を身に付けるのに有効。正しく発音すれば口の筋肉も鍛えられ、英会話の時に舌がもつれることも次第に少なくなってきた(笑)。日本人にありがちな「平坦英語」の脱却にも有効だと思う。

mmmEnglish(Youtube)


Tell me about yourself! Introduce yourself in English with EASE!

旦那が「これ良いんじゃない?」とおすすめしてきたYoutube動画。
Emma先生の英語はクリアで聞き取りやすく、一本当たりの動画が長すぎず短すぎずちょうど良い。文法から発音、イディオムなどなど幅広いカテゴリについての動画がアップされていて、内容もしっかりしているので好きでよく見ている。
Emma先生が可愛いのもテンション上がる。

溝江達英先生のオンラインセミナー受講(超越文法

英語学習ブログを放浪していてたどり着いた言語学者溝江達英先生のオンラインセミナー。15か国語以上を操る先生のセミナーは、(めっちゃ)高いけど面白い。英語だけでなく語学に関する幅広い知識を学ぶ事ができ、単純に「英語の知識を入れる」に止まらないでその言語が生まれた歴史的背景や、なぜ英語ではそういう言い回しをするのか…など細かいところも学べるのが私にとっては興味深い。英語を喋れるようになるとか、試験対策には正直向かないと思う。でも語学の学習意欲は上がる。
値段が高いのがデメリット…。

超越文法

頭に浮かぶ日本語の語順を変える

これは今後トライしたい学習方法の一つ。
英語を話す時、「This is a pen」レベルならおそらく多くの日本人は日本語を介さず英語で理解できるし発話もできると思う。でも、ちょっと込み入った話や複雑な事を言いたい時、日本語で頭に浮かんだが最後、英語になかなか変換できなくて会話の流れを止めてしまう…ということが私にはよくある。で、「頭に浮かぶ日本語をシンプルにして、かつ語順を英語の語順で浮かぶようにしたらさっと英訳出来るんじゃないの?」と思ったのがきっかけで、そういうアプローチの仕方を説いた本はなかろーか…と探して見つけたのが下記。まだ読んでないけど、もしかしたらブレイクスルーになるかもしれない。
 慣れれば長文も「This is a pen」同様英語で考えて英語でアウトプットできるようになると思うけど、そこへいくまでの橋渡しになる…かもしれない。

 

引き続き英語学習を継続し、またお勧めできるような学習方法や参考書があったら、備忘録も兼ねて記事にしていきたいなと思う。

この記事が一ミリでも英語学習者の方のお役に立てれば嬉しいなぁ。

比較癖からちょっと卒業しかけている…かも!

人と自分を比較して落ち込む…って割とよく聞く事だけど、これは本当に厄介で、下手すると何日も何週間も落ち込んでネガティブループにハマって抜け出せず、辛い思いをする…という経験をしてきた私。元々自己肯定感が高い方ではない為、もしかすると普通よりも多く、強く比較癖がついてしまっているのかもしれない(平均がどのくらいか測れないものだから分からないけど)。

そんな私も、ずっとこの比較癖を減らし、ゆくゆくは無くしていきたいなと思っていた。生まれも育ちも性格も体質も違う他人と自分を比べても何の意味も無いと思うからだ。一卵性双生児だってパーソナリティや好みに違いがあるのなら、赤の他人と比べて落ち込むって一体なんなの?って感じだ。ただ、頭で理解していても心は簡単に「はい!じゃあ比較やめます!」とはならないからもどかしい。

私にとって卑近な例で言うと、例えば自分より英語が出来る人に会った時。
以前なら、たとえその人が帰国子女であったり留学経験があり、過去に英語を学ぶ環境が整っていたから英語が上手いのだとしても、「あの人と比べて私はこれだけしか出来ない…」と(今思えば無駄に)落ち込んでいた。もしくは嫉妬したり。

料理好きな人、もしくは料理が上手い人に会った時。
私は料理が嫌いで、出来る事ならやりたくないと思っているのだが、母親として家族の健康を守り維持する意味でも料理は出来なくちゃな…とは思っている。でもあまり上手く出来ないのでコンプレックスを持っていて、そんな時に料理好きor料理のうまい女性に会うと、途端に「私ってなんてダメダメなんだ…」と思ってしまう。

他には、仕事やお金や容姿のこと。
自分と同年代の人が何か大きなことを成し遂げて有名になったり、仕事でたくさんお金を稼いでいたり、同年代の女性がモデルや俳優として輝かしい活躍をしていたり…といった事を目にすると、特に若い頃は、そういう人と自分を比べて「私は何も成し遂げてない、借金(ローン)はあるしモデルさんみたいにキラキラもしてない。あの人達にあるものを私は全部持ってない…なんで同じ人間なのにこんなに差があるんだろう」みたいな事を思っていた。それで、ファッション雑誌を見るのがすごく苦痛になったり…そんな人って他にいるんだろうか(笑)。

そんな風にことあるごとに人と自分を比べていた訳だけど、なんとなく、最近、
「あれ?自分いま他人のことをすごくフラットに見れるようになってきてるかも?」と気付いた。

「この人は英語がうまいな」
「この人は料理が好きなのか、そうか」
「この人は仕事で成功しているんだ、なるほど」

 みたいな感じで、感情の振れ幅がかなり小さくなっているように感じる。
例えて言うなら、お菓子にはいろんな種類があって、見た目や味は人の好みで好き嫌いが分かれるけど、そのお菓子自体には優劣は無い…みたいな。
そんな事を、人間同士に置き換えて肚に落として考えられるようになってきた。

「なにをそんな当たり前のことを?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、私にとってはこれは大きな変化で、もしかすると長年の比較癖からの脱却なのかな…!?と希望を抱いている。

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そして、なぜ比較癖から脱却出来かかっているのかを考えてみた時、
「ひたすら自分と対話する」のを続けてきたからかな?と思った。

長年の癖は一朝一夕では抜けない。私は、自己肯定感を上げて自分の人生をもっと明るく楽しめるようにしたかったので、色々本を読んだり各種ブログやサイトなどにお邪魔して、何か良い方法はないか〜他の人はどうしているのか〜をず〜っと探ってきたのだが、最終的に、「自分の感情が動いた事について”なぜそう思ったのか?”を紙とペンを使って自問自答する」という方法が一番合っているように思った。

鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋 シリーズをKindleで読んでいたのだが、その中にもこんな記述があった。

ものすごく悲しい時は、「なぜ自分は悲しいんだろう」と考えることで、悲しみと距離が生まれて、感情から少し自由になれます。

感情、特にネガティブな感情についてこれをやると、なぜ自分がその感情になっているのか、根本的なところが見え隠れしてきて何かしら発見がある。私に関しては、こうあるべき〜みたいな理想像にしばられすぎていたり、その理想像と現実の自分が遠すぎてガッカリ→なんてダメなの自分→落ち込み→イライラor悲しみ…というサイクルが見えてきた。

で、自分の内面と向き合ったあとはしっかり自分を褒めること(笑)。
「いやいや、確かに理想からは遠いけど、でもコレとかアレとか頑張ってるし!自分も捨てたもんじゃないよ!」みたいな、労いの言葉をかける(書く)!!
これを継続する事で、少しずつ負のループから脱却出来つつある気がしている。

アメリカにいて仕事をしておらず、職場等の人間関係に煩わされることもなく責任のある事も特にない、のほほんとした気楽な生活をさせてもらっているから、ここまで自分と向き合う事が出来たのだと思う。そう考えると、この稀有なチャンスを与えてもらえて本当にありがたいなぁ〜と感謝の念が湧いてくる。

もちろん一度比較癖から卒業できたとしても、帰国して仕事などし始めてまた忙しくなればこの癖も復活する可能性はある。でも一度ニュートラルな物の見方を身に付ける事が出来れば、再度の脱却は早いんじゃないかな。
それを祈る!

 

おっと、熱が入りすぎて今回は長い記事になってしまった。

心の扉

良い人だと思われたかったり、優しい人と思われたかったり、とにかく他人に好印象を与えたい…というよりも与えねば…!と思うことが多かった若かりし頃。年齢を重ねるにつれ多少図太くもなり、以前ほどはそういった事をあまり重視しなくなってきたけど、やはりまだ「良い人だと思われたい」下心はある。

友達100人できるかな♫じゃないけど、友達は多い方がいいと思っていたし、誰もいたずらに周りに敵は作りたくないものだ。

で、友達を作るというか、周りと良い交友関係を築くには、心を開くとか、オープンマインドで接するように〜とか言う。私もそれを心掛けていたりした。自分でも、相手が心を開いてくれてるなーと思ったら嬉しいし色々話したくもなるし。

ただ、心の扉ってやっぱ開けっぱなしじゃいけないのかも、と感じる。とにかく開けりゃ良いってもんじゃない、と言うか。

別に悪い人じゃないけど、なんかこの人には心開けない…開きたくない…という人もいるし、そういう心の直感は割と当たる。無理して頑張って友好的な関係になろうと心を開いてみても、最終的に相手がエネルギーバンパイアと化して自分のエネルギーを根こそぎ盗られてしまったりもするのだ…。

玄関の扉だって開けっぱなしてたら雨風入ってきて汚れるし、今の季節なら落ち葉とか、アメリカだったらリスとか動物が入ってきたり、日本だって野良猫や野良犬が入ってきたり、下手したら不審者だって入ってくるかもしれない。適宜開け閉めするのは至極当然の事で、それは心の扉にも言える事なのかもしれないな〜…。

誰にでも優しく、という言葉は美しいし素晴らしい事だけど、それによって自分自身がストレスを溜めたり悪い影響を受けてしまうのは本末転倒だ。人は自分自身をキラキラ輝かせる為に生きていると思うから。

なんて事を、ふと思ったので書き留めておく。

気持ちの矛先

私の住む場所はミシガン州のとある街なのだが、カリフォルニアやニューヨークなどの大都市ほどではないとは言え、日本人も割と多くいて、特にESLなんかに通うとクラスメイトは全員日本人!なんて事も少なくない。私は渡米前、英語を真剣に勉強したかったので「アメリカでは日本人とは絶対につるむまい!」と思っていたが、通うESLが前述の通り日本人ばかりだったり、そもそも日本人との付き合いを拒絶していては必要最低限のタイムリーな情報も逃したり、単純に寂しかったりもあって、やはり日本人とのお付き合いはある。

で、日本にいた時も少なからず感じていた事だけど、日本人同士で話していてモヤモヤするというか、失礼を承知で言えば「つまんないな〜」と感じる事がある。お話しする全ての日本人に対してそう思う訳ではなく、一緒にいて話していてとても楽しい日本人も確かにいるのだが、少ない。何でモヤモヤするのかな…と自分で考えてみた時、話題が「どこに行った」「何を買った」「何をする予定だ」とかで、尚且つ他のメンバーもそれをしたがったり、買いたがったり、行きたがったりしている様に感じる中で私自身はあまり共感しておらず、でもそんな自分を「本当は共感してキャイキャイ言いたいのになぁ、何でできないんだろうなぁ」と無意識に自分を責めているからかな…というところに行き着いた。なんか前も似たような記事を書いた気がするな。

周りは「行くべき!買うべき!やるべき!やらないなんておかしい!」なんて事はもちろん言ってないんだけど、私自身がなんとなくそんな空気を勝手に感じてしまって、自ら首を絞めている感もある。でも、日本って同調圧力の強い国だから、私も含め、日本人は言外に無意識のうちに「そうするべきだろ」って思ってるのかもしれない。それを敏感に感じている可能性も、あるかもな。

対して、一緒に話していて楽しい人は、気持ちの矛先が似ていて共感ポイントも多く、同じように「どこに行った」「何を買った」「何をした」という話題でも、興味を持てたり何かしら心の琴線に触れるような事が多い。

あとなぜか、ママ友と話している時はつまらない事が多く、お子さんがいない同年代の女性と話している方が興味を持てたり好奇心をそそられる事が多い。ママ友とはたまに何話していいのか本気でわからない時があって、ついつい子供達の相手に逃げちゃうんだよね…。私としては、子供の話あれこれよりもママ自身の人生観とか趣味など、その女性自身をよく知りたいなと思うんだけど…。でも、ママは育児に忙しくて自分のことは二の次だから、仕方が無いのだろうか。

面倒ならいっそのこと疲れる日本人とのお付き合いはスッパリ止めたらいいんじゃないかと思うけど、それはそれで不安や未練や下心があってなかなか難しい…。コロナ前は、ESLの日本人クラスメイト皆で授業後ランチにいく事もままあり、これがまた面倒だった。数回に一回は断るんだけど、毎回断る勇気は出なかった。(日本で)働いていた時も、職場の面倒な人間関係に巻き込まれたくなくて職場の女性とは適当な距離をとりたかったけど、結局なし崩し的にあるグループに入る…みたいな事があった。一人になるのって、特に日本(もしくは日本人同士)だと、めっちゃ怖い…すごく勇気がいる。それがスパッと出来る女性ってかっこいいなぁと、心の底から思う。

色々取り止めなく書いたが、なぜこういう事を書くのかというと、どこかにこんな自分を認めてくれる人がいると良いなーという思いと、もし同じような思いを持つ人がいたら、一人じゃないよーと言いたいからだ。そして、もしその人が自分のことを「なぜ人と同じにできないんだろう」と自己卑下していたら、そんな事する必要ないと思うよと肩をポンと叩きたい。私もよく、半ば自動的に自己卑下してしまうけど、本当は全然そんな事する必要なくて、それは日本という同調圧力の強い国に生まれて育ったからそういう風に思っちゃうのであって、世界にはもっといろんな価値観があるよ〜という事を、自戒も込めて伝えられたら良いな…と思うからだ。

自分も、他人も、のびのびと生きられると良いな!

楽しむ語学

アメリカに来て約一年強、元々のプランでは一年ぽっきりの滞在予定だったので、少し延びてトータル1.5年の滞在期間となったのはありがたや嬉しやなのだが、それでも、帰国の日が着実に迫っていると思うとものすごく悲しくなる…。

アメリカ生活は楽しい!コロナパンデミックの中でも、やはり楽しいなぁ、面白いなぁという感想の方が上回る。

正直、元々海外生活に憧れがあったとはいえ、自分が実際海外で生活してうまく立ち回れるか、精神的体力的に持つのかはかなり未知数で、渡米前は不安もあった。でも来てみたら、もちろんカルチャーショックや困った事も色々あったけど、おしなべて「楽しい!面白い!興味深い!」という出来事の方が多く、住んでいる街、ご近所さんなどの環境面にも恵まれ、とても楽しい滞在生活を送らせてもらっている。はぁ、帰りたくないなぁ。

こちらに来て本腰を入れて英語の学び直しをし始めたが、正直、一年以上滞在しても英会話がだいぶ出来るようになったな、という実感はない。いまだにESLのクラス以外で英語を喋るのは緊張するし、スーパーとかもまだドキドキしながら行っている。私の性格面もあるけど、たとえ英語がまぁ喋れるようになっても、ネイティブスピーカーを相手に容赦無い英会話を繰り広げるのは、萎縮してしまって難しいだろうなあ。

それでも、語学はやっぱり楽しい。言語は生きている人間が毎日の生活で使っているものであって、活力があると言うかなんというか…エネルギーの塊みたいな印象もあるし、あと、一人一人人格があるように、語学にも性格があるというか、月並みな言葉を使えば、言語は生きている、という実感がある。
だから、本当は、苦労して学ぶものじゃ無いんじゃないか…と思う。
相手(英語)と仲良くなって楽しんで学んだ者勝ち、というか。
「間違ったら恥ずかしい」とか「文法的に完璧な英語を話さないと」と力む気持ちは私にもいまだにあるが、本当は、そういうのが一番邪魔で、大切なのは「想いが通じる事」だよなーと思う。その観点から言えば、私の英会話力はなかなか上がったかもしれない。ブロークンイングリッシュであれ、伝えたい思いは通じている。(相手の言っている事が分からない時はあるけど…これはまた別の問題よね…)

日本に帰っても引き続き語学学習は続けていくつもりだ。
海外にいなくても、オンライン英会話とかで簡単に話すチャンスは得られるし、日本には有益な英語学習関係の書籍、情報は溢れているし。

いつか自分が英語を苦労なく操れるようになった時の事をモリモリ妄想しつつ、モチベーションを保ちながら、楽しんで、学び続けていきたいなと思う。

遂に決着のついた大統領選

いやー、11月3日火曜日の投票日からなかなか結果が出なくてヤキモキしていたけど、7日土曜日、やっと大統領選の決着がつき、次期大統領はバイデン氏に決定!

私の住む街はリベラルでバイデン氏を応援する方が多いので、街も大盛り上がり、少しダウンタウンを車で走っただけだけど、どでかいアメリカ国旗を振りかざしながら走る若い女の子と男の子や、それにクラクションで応える人々など、4年に一度の貴重な一コマをこの目で見ることができてちょっと感動だった。

パンデミック下の大統領選と言う事で通常とは一味も二味も違ったこの選挙、バイデン氏の勝利をいち早く報道したCNNは歴史的な瞬間だと鼻息荒く(笑)コメントし、コメンテーターのお一人が感極まって涙するなど、本当にこの選挙はアメリカ国民にとってものすごく大きなものだったのだなぁと再確認した。ほんと、そんな歴史的瞬間にアメリカにいられて熱気を肌で感じられて、ありがたい事だなぁ。

ただ、少なくはないトランプ氏支持派がめちゃくちゃガッカリしていることもまた事実。バイデン氏が、「自分に投票しなかった人達も含めてアメリカを一つにしたい」と言っていたようだけど、本当にそうなると良いなと思う。憎み合いではなく、歩み寄り政治になると良いな…まぁ私ゃアメリカ国民じゃ無いけども。

日本も、老若男女問わず政治の話に興味を持てて、そう言う話が明るく出来る日が来ると良いなぁと思う。

どうでもいいんだけどさ、という口癖

私は独り言で「まぁどーでも良いんだけど!!」と吹っ切るように言う癖がある。大体、過去のしでかしてしまった失敗を思い出して恥ずかしくなった時、その恥ずかしさを解消したくて言うことが多いように思う。

最近の話で言えば、旦那とテニスをしていた時、私の打ったボールが明後日の方向に飛んでいってしまい、隣でプレイしていた人達の邪魔になりそうだった。が、全速力で取りに行けば邪魔にならないかもぉぉぉ!と思い、力振り絞って駆け出したのだが、日頃の運動不足と靴がキチンとしたスポーツ用シューズじゃなかったのもあって公衆の面前で思いっきりこけた。両膝をすりむき、右手も擦って持っていたラケットは隣のコートに飛んでいく始末。結局ボールも隣のコートに入って邪魔になり、他のプレイヤーさんからは「大丈夫…?」と心配され。あぁ今思い出しても恥ずかしい…。

とまぁこんな感じで恥ずかしい思い出を図らずも脳内再生してしまった際、「どうでも良いんだけどさっ!!」と独りごちてその思い出をさも無かったことのようにする…と言うのが私の常だ。

で、最近スピリチュアルカウンセラーのみちよさんYouTubeチャンネルを継続して見ていて、みちよさんがずーっと一貫して説いているのが、「自分の感情を、ネガもポジも含めて認めてあげてください。悪い感情も無視しないであげてください。」という事。最初はナルホドーと思うだけだったのが、ずっと視聴しているうちにその言葉が心の中に染み入るようになってきて、「私の"どうでもいいんだけどさ"も、自分の心を無視している事になるのかも?」と思えてきた。

大体、本心としてはどうでも良くないから脳内で自動再生される訳で、本当は、「もーめっちゃ恥ずかしかったし〜!!恥ずかしいって気持ちを共感して欲しかったし〜!!」という気持ちがあるなぁ…と気付けてきた。

こけた時なんともタイムリーに旦那は自分のApple Watchを操作しており、周りの人達が私を見る視線で初めて事に気づき、「な、なにがあった?!」とばかりに目を丸くして倒れている私を見ていた。心の中で私は「なにボーッとつったんとんじゃボケェェ!!!」と毒づいたが、これは「心配して欲しい、恥ずかしさに同情(共感)して欲しい」の現れだったのかなー。

人の心は操れない。自分が希望するときにタイミング良く共感してくれる相手が現れるとは限らない。目の前の人が、例え旦那や家族ですら、私の気持ちに常に寄り添ってくれるとは限らない。自分の気持ちに常に寄り添ってあげられるのは自分だけなのだ…当然だけど。

でも、「どうでもいいんだけど〜!」と何も考えず自分で自分の気持ちに蓋をしていたんだなぁ。そうするつもりは無かったにせよ、自分の気持ちを蔑ろにしていたんだなぁ。なんだかそうされてきた自分がかわいそうに思えてくる。

よし、今後は「どうでもいい…」と言いそうになったらすかさず「どうでもよくないから頭に残ってんだよねー!」と共感してあげよう!…と、ハロウィンのジャック・オ・ランタンを見ながら静かに決意するのであった。

 

Happy Halloween